鷺谷政明の埼玉県外

人と被らない会話の小ネタ

「税金の無駄使いだ!」という指摘の無駄さ

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所詮、人である。

この文を読む前に、いや、この社会で生きていく上でこれを認識しておかないといけない。

税金の無駄使い

公務員に対する「税金の無駄使いだ!」という指摘。

国家や行政が問題を起こすと、必ずこの切り口から入る。「国民の血税だぞ!」なんてのもある。

毎月、いや、毎日搾取されていく税金、これは国家の安全と保証のために公平に運用されるものであって、乱用されるべきものではない。

しかし実態は、どうやら不誠実な使われ方もしているようである。

森友加計問題然り、財務省の福田淳一事務次官もそう。

自分はどうだ

ただどうだろう。

じゃあ果たして自分は、そしてあなたは、お金を変なことに使ったことは一度もないのか

親からもらった生活費、養育費、学費、おこつがい、全て品行方正な使い方をしていただろうか

妙な女に使わなかったか。いっときの性欲を満たすために使わなかったか。当たりもしないギャンブルに使わなかったか。必要もない酒や菓子に使わなかったか。意味のないことに使わなかったか。

世間様に全て公開できるお金の使い方をしてきただろうか

お金は同じ

論点が少し違うのは分かっている。

しかし、肝心なのは、税金も私金も同じ「お金」だ。

税金は特別な紙幣というわけではない。このお金は国民のみなさまから徴収したお金ですと刻印されてるわけではない。税金も、パチンコで勝ったお金も、拾ったお金も、会社の給料も、同じ価値の通貨である。

そのお金が手元に来れば、自分のお金だと認識する。その自分のお金をどう使おうと勝手だろうとなる。

自分、自分達、自社、自社組織、省でも管でも国家でも、同じ金だ

同じ人間

非道徳的行為は許されるものではないが、自分が「それ」と同じ立場にいたらどうか、とも考えてみる。

毎日毎日みんながペコペコ頭を下げ、金は大量に入り、誰一人自分に横柄なやつはいない。そうすれば誰だって勘違いする。酒が入れば卑猥なことの1つでも言う。

だいたい、それくらい大胆不敵でないと事務次官になんかなれない。政治家になんてなれない。

医者もそうだが、まともな神経の人間が務められる仕事ではない。冷静によく考えれば、あんな責任重大の職務を担おうなんて思わない。思えない。

自分では決してできない役割を担ってくれている人たちがいるから、なんとかやってこれている。

ではその役割を担ってくれている人たちは特別なのか。物の怪か。そんなわけがない。同じ人だ。所詮、人。

飯を食えばうんこもするし、美人を見れば股間も反応する。とても健全で健康な同じ人間だ。

「だけど、自分でその職業を選んだんだろ」

と思うだろうが、じゃああなたは今の会社に一度も不満を言ったことはないか。一度も愚痴をこぼしたことはないのか。

仕事や会社に対する不満は一切認められない。なぜなら「自分でその職業を選んだ」からだ。

追求する論点

何が言いたいかと言うと、自分のことは棚に上げて、「税金の無駄使い」と指摘していないだろうか、ということ。

不倫にしても賄賂にしても、それと同じ環境にあったらしてしまうかもとは微塵にも思わないだろうか。

税金の無駄使いだ、と、国家に対して指摘する姿勢は常に必要だ。特に行政は親方日の丸だから倒産がないため隙きを見せると企業努力をしなくなる。

だから国民全体がチェック機能としていなければならない。

ただし、インパクト重視の報道に振り回されてただ声高に指摘だけしていてもしょうがない。

権力のありかた

一番変えないといけないのは行政の仕組みなのだ。

権力を持たせすぎてしまった。

行政の長の持つ権力は絶大だ。これだけの権力を与えてしまうと人は誰でも勘違いする。だから業務中に賭け麻雀をする市長も出てくる。

このシステムを変えるのは容易ではない。システムを変える時に誰が舵を取るか、

になるからだ。舵を取るものが自分に優位なシステムに必ずする。所詮、人だから。

なので行政の根本的システムを変えるのは難しい。

崩壊した年金システム

しかし、例えば年金システムはどうだ。

我々が毎月支払っている年金は、どこかの倉庫に蓄えられてて、我々が定年後にそこから払われる、という、会社の慰安旅行の積立金システムとは違う

払っているお金はそのまま今の年金受給者たちの元へ行く。銀行と同じ、預けられたお金は運用されている。結果によってそれは乱用とも言われる。

年金システムとは若い人たち、つまり労働人口が増えていく想定で作られたものだったからこのそのシステムはすでに崩壊している

おそらく今の若い人たちは、支払った分を将来受け取れない、でもそれもしょうがないよねという社会本位がまかり通ってくるはずだ。

この年金システムに代表されるような昔作られたシステムは、本来は現代の動向に合わせて変化させていくことが必要だ。

人による

もっと言うと、大改革を行うというより、こういった事態を想定して、微調整できるようなシステムそのものを構築していく必要がある。

そういった時こそAIが真価を発揮する。

AIはいわばものすごい電卓。あくまでAIは演算処理しかできない。つまり数字のプロフェッショナルであって、人間の感情といった「意味」を理解しない。

ベッキーの不倫は大問題で、マギーの不倫はさほど問題ではない。こういった違いはAIには理解できない。

ビートたけしさんが日本のことをむちゃくちゃ言うのはいいけど、同じことを安倍晋三さんが言ったらダメ。その違いもAIには理解できない。

もっと言えば、同じような人であっても、その言葉尻や声のトーン、話すテンポによっても人への伝わり方は違う。

人間への期待

だからAIが政治を全て管理することはできないが、30年後の人口や労働力、出生率などの、あらゆる推定値はあっという間にAIは叩き出す。

これまでの統計、各国のパターン、つまりモデルケースがあるものは、それらを軸として今後のあらゆるパターンを算出できる。

若い人たちが減り続ける、爆発的に増える、全ての事態をAIの力で想定し、それに随時合わせていける柔軟な体制を作っておく。

AIは意味を理解しないが、人は意味を重要視する。

だから人は失敗しても結果が悪くても、何度でも立ち上がれる。取り組もうとしたその姿勢や情熱も評価されるからだ。

だから「税金の無駄使いだ」と指摘する行為も何からの力となって意味をなしているだろう。しかし、その扇動をしているメディアもまた、最終的には視聴率が最重要課題であって、最後は個人の私利私欲に帰結していく。

所詮、人だからだ。