「潮騒 三島由紀夫」考察 金閣寺・仮面の告白と作風がまるで違う傑作

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いったいどんな脳内だったんだ、と思う、ものすごい文章力。

やはり人は秀才すぎると、いろんなものが見えすぎちゃって、幸せには生きられないのだろうか。

樹木希林さんの名言に「結婚なんて若いうちにしなきゃダメ。物事の分別がついたら結婚なんてできないんだから」という言葉があるが、やはり分別つきすぎてしまうのも、問題なのかもしれない。

普遍的な恋話

この『潮騒』は、島の若い男女がただ恋するだけの話。

主だった劇的な展開は一切ない

親に反対されたり、村民に「ふしだらだ」と白い目で見られたりと、展開は至って普通の展開なのに、引き込まれる。

天才的描写力

この圧倒的な描写力には、読めば読むほど自分の頭が良くなるかのような錯覚さえ起こす。

この人が書くなら、海辺の波の満ち引きだけを延々描写しているだけの文章でも読めそうな気がする。

もはやそこに登場人物はいらないのではないか。物語もいらないのではないか。

そこまで思わせられる。

小説家を目指す人がこの作品を読むと、表現手法が引っ張られてしまいそうな気がする。

または、やはり勉強になるのだろうか。

「潮騒」のモデルと着想

あとがきによれば、三重県伊勢湾入口にある神島が、この作品の舞台となっているそうだ。

三島由紀夫自身が、この神島に何度か取材旅行で訪れていたという。

ここを舞台にし、ギリシャ小説『ダフニスとクロエ』をやろうとしたようである。

稀な作品

三島由紀夫といえば、『金閣寺』『仮面の告白』などの代表作があり、『潮騒』は三島作品の中では特異な位置づけだ。

徹頭徹尾、純潔な作品だが、個人的にはこれが一番読みやすく、繰り返し読んだ。

『金閣寺』も面白いがちょっと長いし、『仮面の告白』も少し疲れる。

寝る前の日本文学としては『潮騒』が一番いい。